日記・コラム・つぶやき

2008年9月 3日 (水)

風鈴の町

 私の町では軒先や玄関に、無数の風鈴を吊るす風習があります。これにより、昼間は涼やかな音が、町中に響き渡ります。その光景が発端となり、この地も何時からか観光の名所と呼ばれるようになりました。夏場には、大勢の方が避暑地として、この地にも足を運んでくださるようになりました。ですが、この風習の本当の目的は、夜にこそあるのです。

昔ながらの日本家屋が立ち並ぶこの界隈では、これといった娯楽もありません。したがって、住人が寝静まるのは、皆様と比べましても非常に早いです。それでも、暑さに揺り起こされるような寝つきの悪い夜。ふと目を覚ませば、其処彼処から風鈴の軽やか音が聞こえてきます。その音は、夜闇と相俟って昼間よりも幻想的なものと思えるでしょう。ですがこの時は間違っても、夜風に涼みに行こうなどと思ってはいけません。もう一度、よく耳を澄ませてみてください。風鈴の静謐な音に混じって、亡者の呻き声が聞こえませんか。そう、この町の者は亡者共の嘆嗟の声を遮る為に、無数の風鈴を家々に吊るしているのです。お盆の頃になると其処も彼処も一晩中風鈴の音が鳴り響きます。そして、その涼やかな音に混じって、亡者共の何かを求める悲嘆な声が、さめざめとこの町を覆うのです。

 その声は年を重ねる毎に、明瞭になってきているとも云われております。なので、風鈴を吊るす事にしたのが、そもそもの過ちなのではないかと、近年では囁かれるようになりました。誰が始めたものかは定かではありませんが、最愛の亡き者を想う余りに、この様な忌わしい因習を探し出した者がいるのではないかと云われております。しかし今となっては、この事態をどうする事も出来ません。

 

仲居さんの喋りは饒舌で、迫真の出来だった。会場に詰め掛けた宿泊客も、固唾を呑んで見守っている。この伝承は殆ど広められておらず、この場で初めて聞く人も、かなりの数いるだろう。しかし、この話以上に禁忌とされている話が、この町には存在する。今回仲居さんが話したものは、寧ろこの禁忌とされる話から目を背けさせるために、後から作られた話ではないかと、僕は思っている。禁断の話。盆に還って来る者、それに献上される贄、そしてその悲痛な声を聞かぬために…。

おっと、言いそびれる所でした。先ほども申し上げたように、くれぐれも夜間の外出は避けてくださいますよう御願いします。私共は、深夜に人が一人いなくなったところで、驚きは致しません。亡者に魅入られたかと思い、それ以上の詮索は致さないのです。後は皆様方の自己責任でよろしく御願いします。

茶目っ気を見せた喋りで、会場は一転和やかな空気に包まれた。それでも僕は、仲居さんの目が笑っていなかったように思え、冷たい汗が背中を伝っていった。

早速リサイクル。

去年の投稿怪談「熱帯夜」に出した奴。

3作連続で掲載されたから、調子に乗っていたけどここからが全く載らなくなってしまった。

個人的には同時期に投稿怪談に出した「幻惑の風」「漂白の聲」とワンセットで考えている。その頃自分のやりたかった世界観がこの3作でなんとなくつかめた気がした。それにしてもあの頃は暇でよかったなあ(苦笑)。

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